謹賀新年

今年は期待できるぞ!と思い夜空を見上げて床に着いたのが午前0時半。
6時の目覚まし時計が鳴ると飛び起きて、
身支度を整えまだ暗い山路を登り始めた。
ぐんぐん夜は白んで明るくなってくる。
寒風避けに着込んだ防寒衣の前をはだけてニット帽もとってしまう。
発熱する身体がやけに暑い!ああ、寒風が火照った肌に心地よい。

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山頂にはすでに数人が日の出を待っており、
隣の自治会のいつものメンバーと新年の挨拶を交わす。
今回は3人でだんだん人数が減っているようだ。

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阿讃の稜線には雲がたなびき、
太陽を拝めないかと思ったが雲の切れ間に陽光が射した。
ああ!ありがたい

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山を降りると地元の神社に寄って手をあわせる。
生来の性格で神仏にはあまり興味を持たないのだが、
歳とともに手をあわせることに抵抗が無くなってきた。
2018年のスタート、2月にはまた一つ歳が加わる。

仕事納め

大晦日、2017年の仕事納めである。

屋外に散らばっていた薪を薪小屋に集積した。
田舎に住んでいると燃料には事欠かないしストックが少なくなると補充する。
これでお風呂を沸かすのだが冬場はあっと言う間になくなってしまう。

薪採り、裁断、薪割りと仕事はたくさんあるが、
どれも人力でできて経済的だし、.いい運動になる。
それに薪割りは楽しい。
薪割り機を使う手もあるが今のところ斧で間に合っている。

2017年さようなら。

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2017年を振り返る

今年は春から病院通いが始まった。
持病の不整脈をなんとかしなけらばならないと思い、日赤に通院している。
なかなかやっかいで来年は手術の方向だ。

NPO活動は少しギアダウンした。
メインのフォレスターズかがわ以外の活動はペースダウンである。
元来不器用なタイプなので複数の活動に全力投球ができない。
適当に・・・というのが苦手なのだ。

設計事務所は三男がいっしょにやり始めたので、彼の指導も・・・
まだしばらくの間は建築設計の仕事に注力しょう!
それに今はそれが面白くて楽しい。

ここのところ自分の山がほったらかしになっていた。
今年はまったく手をつけなかったので泉下の両親にちょっと申し訳ない。
来年は何かアクションを、と考えている。

「だろう」の危うさ

新幹線の台車軸の破断寸前の状況は、もしそれが断裂していたらどうなっていたのかと想像するとゾッとする。時速300kmで走る金属の車体である。新聞記事によると“JR西は車掌と東京にいる輸送指令との走行中のやりとりで、新大阪駅に到着するまでに「運行に支障はない」と判断していた。”とある。

大丈夫「だろう」、危ない「かもしれない」この判断は、仕事やNPO活動をしていてもつきまとう。人は楽な方に流れる性質が常にあるから、「・・・だろう」と思った時は、これは重大な結果につながる「かもしれない」と一呼吸置いて考えるとよい、そして判断する。経験則や第六感に頼ることも多い日常だが、それは極めて危険なのである。特に人の命に関わることについては。





城山の景色

ずいぶんと言っていいほど久しぶりだ
体調のこともあり、ここのところこすっかり足が遠のいてしまっていた
なぜだか無性に山頂から景色を眺めたくなり、足が山に向かった
路が荒れていた
以前のように一気にとはいかない
息を整えながら時間をかけて登る・・・体力が落ちている
肌を刺す冬の空気に火照った身体をかざしながら高度をかせぐ
松の枯立ち、クヌギのヤマオヤジ、山頂から見る讃岐富士、風景は以前と変わらない
頂の寒暖計が3℃を示していた

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