謹賀新年

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梢越しの阿讃山脈に昇る太陽。
ここ数年見ることがなかったが今年は拝することができました。
神々しい初日の出を拝むとやはり気持ちが締まります。
これも歳のせいでもあるのでしょうか、この身近な里山にふれるありがたさを感じます。
365日太陽は昇るのですがやはりこの日の朝はちょっと違って見えます。

田んぼが変わってゆく!

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ぼくの住む地区の田んぼの整備がはじまりました。緩やかに曲った畔やパッチワーク模様の田んぼの風景は、直線的で効率的な圃場に変わるのでしょう。子供の頃から慣れ親しんだ風景が変わるのはちょっとさびしくもありますが、これも時代のながれなのでしょう。この先一戸単位の農家はますます減り、規模が集約されていくのでしょうね。戸々が土と向き合い田畑を維持してゆくのがほんとうに難しい時代です。

森は未来からの預かりもの

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昨日、国営讃岐まんのう公園「さぬきの森」で、森林の管理関する事業発注について打合せと現地確認があった。発注者側(国土交通省)、委託管理者、ここで活動するボランティアやコンサルティングの人たちが参加した。まずここはさぬきの里山というポジションのなかで、いかにつくり、維持し、人々が憩い、楽しい森にするかである。ここ、さぬきの森は来園者のためにある。決してボランティアが活動するためにあるのではないということ。また施業者のためにあるのでもない。ここが曖昧になると主客転倒がおこり迷走がはじまる。ややもすると「事業工事」になり自然や生態系の視点がおろそかになりがちだ。このような自然をテーマとした公園の維持管理には"森をみる"森林マイスターが欠かせない。人が替っても理念を継承していくリーダーといってもよい。今回改めて思ったことだが、それぞれの立場で里山林の維持管理に対する考え方の違いがある程度明確に表れたと思う。ぼくは自然の遷移にゆだね、必要最小限の人為行為派、ある程度積極的に伐る立場の人、中間的な考えの人、ものの見方考えたかでこうも違ってくる。どれが正しいかは一様ではない。歩きたくなるみち、四季折々に草木をめでるみち、近くで鳥に出会えるみち、はたまた駆け巡る森の中。開園前に行った大規模な地形の改変工事の代償は大きい。さりとて自然はたくましい。場所あらばと植物は種を落とし種をつなぐいとなみに懸命だ。このさぬきの森が何度でも来たくなる森になるのはいつの日か・・・

早朝の城山山頂

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冬の山頂は少し殺風景、木々はすっかり葉を落としています。

地表も草枯れのじゅうたん。

来る春に備えて今はしっかり力をたくわえる時期なのでしょう。

遠くにはぼんやりと飯野山がかすんでいました。

秋深し

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kさんの軽快な技

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自治会鬼子母神社の木を伐りました。
西部森林組合kさん、樹上で軽快な技を披露してくれました。

雪の一日

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日中雪が残る一日でした。
雪を見るとじっとしていられなくて、ついつい外に出てしまいます。

里山歩き納め

裏山(城山)からヒノキ林を経て・・・稜線には今朝の雪が残っていました。
父と母が見守るヒノキ林は相当手を入れなければならない状態です。
今年もこの山で始まりこの山でしめくくりです。2013年ありがとう。

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森の入口、それとも出口?

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期待と不安、中に入ると驚くような何かが・・・

里の初秋

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雨が上がってスカッと晴れわたった空に実りが映える夕暮れ。
風景が美しい。
ここんとこの雨で遅れている畑の地拵えをして冬野菜の種をまかなくては・・・
季節の巡りはあっという間でほんとうに早い。