夏の住まいと暮らし

ワラ屋根1

暑い夏、土間のある家に入ると北の窓から涼しい風が流れてきた。
どんなに暑い日でも厚い藁が断熱層となり、屋根からの熱を受けとめていたので輻射熱で室内が暖まることは無く、とても快適に過ごせたのである。

丸太が組まれた小屋組は幾重にも梁が渡され、赤松の強度が最大限生かされて、いがいに細いものでも十分に荷を支えていた。機械力の乏しい時代につくられた技に加え、材を無駄にしない知恵に感心したものだ。

当然ながら壁は外部も内部も土壁を使い、調湿機能が存分に発揮されて蒸し暑い日でも比較的快適に過ごすことができた。気候も今のように夏の最高気温が40℃近くになることはなく、せいぜい30℃を少し越える程度であったと思う。

この家は当初木、土、紙、ワラとほんの少しの硝子で出来ていた。たったこれだけである。
幾度の改修を繰り返し、時代にあわせて修正しながら暮らしてきたが、1993年、100年近くの幕を閉じ土に還っていった。4世代が暮らした田舎の藁葺屋根の家である。ありがとう。

今と比べ暮らしはとてつもなく不便であったが、不便さはなつかしさに昇華し思い出に変わっていく。材料も限られ、つくり方も共通性が保たれていたので、集落は落着いた統一感がある家並みが構成され美しい風景が保たれていた。

田の字部屋に土間と台所がくっいたプランにプライバシーはほとんど無く、家族が互いの所作を気遣いながら暮らしていたのである。今から考えるとえらく住みにくい状況だったが、最低限家族のルールは生まれていたようだ。入り混じった生活は悪いことばかりでなく、家族の絆をはぐくむのに、このおおらかさが少しは役立ったのではないか、と今は思っている。

豊かになった現代の住まいは、過度に個室化したことでさまざまな弊害を生んだ。姿かたちはまさに百花繚乱、日本の田園風景に「プロバンス風」の家が建ったりして、ポジションを間違えたとんでもない景観が生まれる。
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