「だろう」の危うさ

新幹線の台車軸の破断寸前の状況は、もしそれが断裂していたらどうなっていたのかと想像するとゾッとする。時速300kmで走る金属の車体である。新聞記事によると“JR西は車掌と東京にいる輸送指令との走行中のやりとりで、新大阪駅に到着するまでに「運行に支障はない」と判断していた。”とある。

大丈夫「だろう」、危ない「かもしれない」この判断は、仕事やNPO活動をしていてもつきまとう。人は楽な方に流れる性質が常にあるから、「・・・だろう」と思った時は、これは重大な結果につながる「かもしれない」と一呼吸置いて考えるとよい、そして判断する。経験則や第六感に頼ることも多い日常だが、それは極めて危険なのである。特に人の命に関わることについては。





スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント