エネルギーの地産地消

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食、住から3.11以降「エネルギーの地産地消」が言われるようになった。食においてはそこで採れたものを食べる。また住はつまり家づくりのことだが、家をつくる材料はそこにある(なるべく近い)材料を使って建てる。フードマイレージ、ウッドマイレージ、移動手段を見直しCO2の排出を抑制するという考え方であるが、これらわたしたちの暮らしにかかわるすべての事象はエネルギーがからんでいる。

原発インフラはなにもないときは一見理想的にみえる。(ほんとうはそうではないが)それが破綻したのが3.11であったわけだが、決してほおっておいたわけではなかろうが、それをとりつくろう「原発村」の人たちの様は国民が注視するなかでほんとうに情けなかった。いったいかれらはどっちを向いて仕事をしているのだろう・・・という沈降した疑念がぬぐえない。

大きな、とてつもなく大きなものは壊れるのが一瞬である。なにもなければ効率もいい。小さくてさまざまなものが組み合わさったものは面倒で手間もかかる。どちらがいいか悪いかの問題ではない、どう選択するかである。わたしたちはその選択を国のリーダーたち(選挙)に委ねてきたがその選択が一人ひとりに問われている。小さくていろいろなものが組み合わさったシステムが身の丈にあっているとぼくは思う。リスクが分散され生き延びる可能性が高い。

ぼくはあとせいぜい生きて20年だろうがその先が気になる・・・取り越し苦労であろうか。
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