04月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫06月

母への想い

2011.02.01 (Tue)

 脳裏に浮かぶ幼き頃の断片的な母への想い・・・。
父や弟と共に、親子4人で山の桃畑で過ごしていた一日。
私たちが山の畑に行くのは日曜日や夏休みなどで、子供は働き手としてあてにされていた。
汗の染みた「母の匂い」を感じていた小学生の頃である。
高度成長期に入る昭和30年代、労働がおおかたの時間を占める暮らしの中で、
子供の手伝いなどたいして役にもたっていなかったと思うけれど、
子供たちがそばにいる時間は母にとって幸せであった。

 私たちの学齢が進むと共に、動力ミシンを使いこなして夜遅くまで内職をしていた母。
午前0時をまわっていることは常で、母の踏むミシンのモーター音が今も耳に残っている。
やがて私は社会に出て、弟も大学に進み、その後も母はしばらく内職を続けていた。
この時代の親は懸命だった。子供に夢を託し、将来のいい時代を夢みて日常の暮らしに懸命であった。
私も弟も半人前ながら自分の糧を得るようになって、やっと父も母も一種の安堵を得たであろう。

 時は巡り私たちは伴侶を得、新しい家族ができた時の母の喜びようは、それはもう天にも昇る思い・・・。
私たちが外で働いていたので、孫5人を赤ちゃんの頃より面倒をみてくれ、家族のために尽くしてくれた母。
控え目だが世話ずきで芯が強く、おしゃれでエレガントな母。
やがて孫たちも大きくなり、家族との旅行や、畑の野菜作りが楽しみで、
育てた野菜を使って素朴で美味しい料理を作ってくれていた。

 今、私や妻も父や母のたどった道を歩いているが、なかなかその域には達しない。
安らかな顔をみていると母はやっと肩の荷を降ろしたようだ。
・・・お母さんありがとう。

会いたがっていた文夫にはもう会えたかい?お父さんは向かえにきてくれたかい?
どうか3人で仲良くしてください。
そのうち時が来たらぼくもそちらに行くけれど、いまはまだこちらで家族を見守っているよ。
・・・お母さんさようなら。
                                                                    
スポンサーサイト
15:54  |  暮らし  |  Trackback(0)  |  Comment(2)

Comment

私の母親は、増田さんのいとこにあたるわけですが、幼いときに、ながすみのおばさんところに行ったらハイカラなものを食べさせてもらえてうれしかったことを、よく言っていました。ながすみのおばさん、いちご大福持って行ってなくてごめんなさい。また持っていきます。 
takamatsu asuka |  2011.02.22(火) 12:23 | URL |  【編集】

おばあちゃんが合わせてくれたご縁ですね

asukaさんへ
絵の勉強がんばってください。
私の三男も京都の大学でよう分らんけど美術の勉強をしとるようです。
また何かの機会にお会いできるといいですね。
ますだたかお |  2011.03.10(木) 21:03 | URL |  【編集】

コメントを投稿する

Url
Comment
Pass  編集・削除するのに必要
Secret  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://shinpuusha.blog102.fc2.com/tb.php/270-d3f1cd7b

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | HOME |