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父と母

2012.05.31 (Thu)

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これはぼくの父と母だ。
左が母で右が父、分骨してビンに入れて山に祀っている。
父はもう8年で母は2年になる。
ぼくはときどきここにきて父と母に話をする。
時にイノシシがけまくっていることがあるが、こうしてなおしてあげる。

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父がまだ健在だった2002年、ここから山の稜線に向って道を開いた。
この道は今も顕在だよ。
あれから早10年になる、ヒノキも大きくなってるよ、父さん。
うちの山も伐りゃないかんのだけど・・・こう見えてもぼくもけっこう忙しいんだ。
まあ、近々伐りにくるから、そのときはちょっとやかましいけどね。
ここはぼくが子供の頃桃畑だった。
父と母が汗して暮らしの糧にしていた。ちょっと信じられないけど・・・
ここは先に逝った父・母・弟とぼくの原風景。
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21:32  |  暮らし  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

穂先タケノコのきんぴら

2012.05.26 (Sat)

ことの他、今年はタケノコが豊作で、
次から次と出るわ出るわでもううんざりするほどでした。
そんなタケノコの活用方法を紹介します。
これは数年前もこのような年があったので、思いついてやったらけっこううまくいきました。
そのときはまだ小さな「タケノコ」を使いました。
今回はモソウチクが伸びて1m~3mくらいになった竹の先を利用します。
噛んでみて繊維が残らず、また節が硬いと除きます。
いわゆる「穂先タケノコ」です。

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先の柔らかいところを切って皮をむきます。

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4~5cm程度にカット千切りして、沸騰後中火で1~2時間程湯がき、そのまま放置して自然にさまします。
流し水にさらして打ち上げ天日干し。
ここまでが下ごしらえで、結構手間がかかりますが、根気よくやってください。
また火にかけたのを忘れないようにしてください。


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カラカラに乾くまで水分を飛ばした乾燥タケノコを24時間水につけて戻した状態です。
戻り具合は噛んで確かめます。

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タケノコ、鶏肉、ニンジンをサラダ油、砂糖、醤油、酒で、水を少し加えて蒸し炒めにします。
ニンジンは柔らかいので入れる時間をずらします。
水分が飛んだらゴマ油を加えて風味付け。

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こんな具合です。
調理は生前の母や妻の聞き覚えでやってみますがなかなかのできです。
10:42  |  森を楽しむ  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

木のベッド

2012.05.26 (Sat)

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五、六年ほったらかしておいたクヌギはカブトムシの幼虫のベッドになっていた。

いるわ、いるわ・・・

いったいどこからこのようにわいたのか・・・不思議だ。

木を食べて大きくなっており、糞もたくさんある。

もともと薪にするつもりで積んでおいたのだが、野ざらしにしていたため中がスカスカで、

もう薪にはならない。
09:10  |  環境  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

緑のドングリランド

2012.05.19 (Sat)

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ドングリランドが新緑に包まれています。
高松市郊外、西植田町の里山の中です。

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今は雑木林の中を歩いてみてください。
きっと森の精気を感じることでしょう。
足の裏で自然の大地を感じてください。

21:58  |  里地里山  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

本との出合い

2012.05.13 (Sun)

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ときに待っていてくれたかのように出会う本がある。この本は小学生の高学年向けに書かれた本で字は大きくルビがふってある。教材的な意図がでている本だが書かれている内容はノンフィクションで、読み進むにつれていく度も目頭があつくなった。感動を覚える本である。烏雲さん(日本名珠美さん)太平洋戦争で中国残留孤児となり今日まで生きた物語である。幼くして家族と共に満蒙開拓団として旧満州に渡り、戦況の悪化とソ連進行により戦災孤児となり、奇跡的に助かってモンゴル族の養父母に育てられた。昭和47年日中国交正常化の後、中国残留孤児の肉親探しがはじまり、テレビでも幾度となく報じられた。徳島出身の烏雲さんは兄さんや親戚と再会をはたすのだが、教師である烏雲さんは養母への孝行や、モンゴルの子供たちの教育のためモンゴルへ再び帰るのだ。日本での生活を選ばず、41年の年月は戦争が引き裂いたとはいえあまりにも長すぎた。ここのくだりはグッとくる。モンゴルに帰った烏雲さんは砂漠緑化とモンゴルの教育に生涯をささげている。ぼくは今回行った中国内モンゴル自治区、ホルチン砂漠の植林に参加してFoEの成田さんからこの本を買った。くしくもぼくの祖父母や父やその兄弟が満洲の開拓で辛酸をなめた。父は敗戦後シベリア抑留生活を送り日本に帰り、その後母と結婚してぼくが生まれた。想いが重なる。日本国民の盾となるはずだった関東軍はわれ先にと”転戦”したと生前父から聞いた。
22:12  |  暮らし  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

うららかな日中に

2012.05.10 (Thu)

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動き回っていたがカメラが接近すると死んだふり、

ナナホシテントウはなかなかの知恵者だ。

名前のとおり黒い点が七つある。

ナスの葉にとまって害虫を食べてくれるありがたい益虫なんだ。

それにしてもつややかなオレンジの甲に黒点の対称形が見事だ。

ナナホシテントウに対し、

ニジュウヤホシテントウは害虫で、

ジャガイモの勢いが今ひとつだったので、見るとコレがいっぱいいて葉を食べていた。

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庭先ではヒメウラナミジャノメがノウゼンカズラの若葉にとまっている。

暑くなるのももうすぐだ。
21:36  |  暮らし  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

なぜだろう?

2012.05.09 (Wed)

最近、

仕事(建築の図面を描く)のがおっくうになって持続性がない。

続かないのだ・・・すぐ気がそれる。

世間では上がり(定年)がもうすぐっていう年齢だが、これって歳のせいかなあ。

自営業だから定年は関係ないんです。

オレは80までは”各方面”の現役でかんばる宣言しているが、

先日医者に行ったらあちこちガタがきていたんだ。

ちょっとゆれている。

あともう少しだ、気をとりなおしてやろう。





16:44  |  暮らし  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

夏野菜の植付

2012.05.08 (Tue)

遅れていた夏野菜の植付をほぼ終えた。
この時期畑の行事だが今年は用事が多くて例年より遅い。やれやれ。

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トマト ミニトマト ナス ミトヨナス ピーマン パプリカ シシトウ スイカ ナンキン・・・

露地野菜がつくれることがありがたい。
当たり前の日常が当たり前でなくなることが怖いと思う。

夏野菜は冬野菜に比べて手がかかる。
害虫対策、水やりとけっこう手が抜けないんだ。











09:59  |  暮らし  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

砂漠に木を植えに行ってきた1

2012.05.07 (Mon)

成田から瀋陽へ、3時間。

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瀋陽国際空港。
カーテンウォールのターミナルビルと駐車場にあるキノコを模した?建物....不思議な取り合わせだなあ。
向こう側では新空港の工事の真っ最中。
やがて様変わりということになるんだろうね。

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バスで移動中。
空港から現地(ウルスン)まで、揺られ揺られて5時間、このバスでの移動はわるくはなかったね。
風景を眺めたり、ウトウトしたり・・・ボーッとした時間がたまらなくいい。

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都市の近郊はやたらと高層ビルが目につく。
土地はたっぷりあるのに、なぜか高く高くと・・・高くを求めるのはどこの国も同じ。

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休憩のスパンが長かったのでちょっときつかった。
バスに乗る時は水分の摂取にご注意を!
サービスエリアでほっと一息・・・やれやれ。

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今宵の宿についた。砂漠宿舎、ここを拠点にして植林活動ははじまる。
レンガを2層に積んだユースホステル的な建物だ。
見えているのは廊下側。手前に青空トイレがある。

ここに来て不思議な感覚にとらわれた。
そうなんだ、ぼくの先祖(じいちゃん、ばあちゃん、ぼくのとおちゃんになる人:ばあちゃんの長男、兄弟たち
が満蒙開拓団でかの地にいたのだ。

生前父に満洲の話を断片的に聞かされていたので心象風景がインプットさていた。
ここにく来るまではそんなこと思いもしなかったが、この感覚は不思議な懐かしさのようなものであった。

ぼくはこのツアーに日常の延長のような気分で、軽装サンダル履きでやってきた。
想いがめぐってくる・・・

21:57  |  フォレスター  |  Trackback(0)  |  Comment(0)
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