本との出合い

120513-3.jpg

ときに待っていてくれたかのように出会う本がある。この本は小学生の高学年向けに書かれた本で字は大きくルビがふってある。教材的な意図がでている本だが書かれている内容はノンフィクションで、読み進むにつれていく度も目頭があつくなった。感動を覚える本である。烏雲さん(日本名珠美さん)太平洋戦争で中国残留孤児となり今日まで生きた物語である。幼くして家族と共に満蒙開拓団として旧満州に渡り、戦況の悪化とソ連進行により戦災孤児となり、奇跡的に助かってモンゴル族の養父母に育てられた。昭和47年日中国交正常化の後、中国残留孤児の肉親探しがはじまり、テレビでも幾度となく報じられた。徳島出身の烏雲さんは兄さんや親戚と再会をはたすのだが、教師である烏雲さんは養母への孝行や、モンゴルの子供たちの教育のためモンゴルへ再び帰るのだ。日本での生活を選ばず、41年の年月は戦争が引き裂いたとはいえあまりにも長すぎた。ここのくだりはグッとくる。モンゴルに帰った烏雲さんは砂漠緑化とモンゴルの教育に生涯をささげている。ぼくは今回行った中国内モンゴル自治区、ホルチン砂漠の植林に参加してFoEの成田さんからこの本を買った。くしくもぼくの祖父母や父やその兄弟が満洲の開拓で辛酸をなめた。父は敗戦後シベリア抑留生活を送り日本に帰り、その後母と結婚してぼくが生まれた。想いが重なる。日本国民の盾となるはずだった関東軍はわれ先にと”転戦”したと生前父から聞いた。

うららかな日中に

120510-5.jpg

動き回っていたがカメラが接近すると死んだふり、

ナナホシテントウはなかなかの知恵者だ。

名前のとおり黒い点が七つある。

ナスの葉にとまって害虫を食べてくれるありがたい益虫なんだ。

それにしてもつややかなオレンジの甲に黒点の対称形が見事だ。

ナナホシテントウに対し、

ニジュウヤホシテントウは害虫で、

ジャガイモの勢いが今ひとつだったので、見るとコレがいっぱいいて葉を食べていた。

120510-4.jpg

庭先ではヒメウラナミジャノメがノウゼンカズラの若葉にとまっている。

暑くなるのももうすぐだ。

なぜだろう?

最近、

仕事(建築の図面を描く)のがおっくうになって持続性がない。

続かないのだ・・・すぐ気がそれる。

世間では上がり(定年)がもうすぐっていう年齢だが、これって歳のせいかなあ。

自営業だから定年は関係ないんです。

オレは80までは”各方面”の現役でかんばる宣言しているが、

先日医者に行ったらあちこちガタがきていたんだ。

ちょっとゆれている。

あともう少しだ、気をとりなおしてやろう。





夏野菜の植付

遅れていた夏野菜の植付をほぼ終えた。
この時期畑の行事だが今年は用事が多くて例年より遅い。やれやれ。

120508-9.jpg120508-8.jpg120508-7.jpg120508-6.jpg
120508-5.jpg120508-4.jpg120508-11.jpg120508-12.jpg

トマト ミニトマト ナス ミトヨナス ピーマン パプリカ シシトウ スイカ ナンキン・・・

露地野菜がつくれることがありがたい。
当たり前の日常が当たり前でなくなることが怖いと思う。

夏野菜は冬野菜に比べて手がかかる。
害虫対策、水やりとけっこう手が抜けないんだ。











砂漠に木を植えに行ってきた1

成田から瀋陽へ、3時間。

120507-1.jpg

瀋陽国際空港。
カーテンウォールのターミナルビルと駐車場にあるキノコを模した?建物....不思議な取り合わせだなあ。
向こう側では新空港の工事の真っ最中。
やがて様変わりということになるんだろうね。

120507-2.jpg

バスで移動中。
空港から現地(ウルスン)まで、揺られ揺られて5時間、このバスでの移動はわるくはなかったね。
風景を眺めたり、ウトウトしたり・・・ボーッとした時間がたまらなくいい。

120507-3.jpg

都市の近郊はやたらと高層ビルが目につく。
土地はたっぷりあるのに、なぜか高く高くと・・・高くを求めるのはどこの国も同じ。

120705-4.jpg

休憩のスパンが長かったのでちょっときつかった。
バスに乗る時は水分の摂取にご注意を!
サービスエリアでほっと一息・・・やれやれ。

120507-5.jpg

今宵の宿についた。砂漠宿舎、ここを拠点にして植林活動ははじまる。
レンガを2層に積んだユースホステル的な建物だ。
見えているのは廊下側。手前に青空トイレがある。

ここに来て不思議な感覚にとらわれた。
そうなんだ、ぼくの先祖(じいちゃん、ばあちゃん、ぼくのとおちゃんになる人:ばあちゃんの長男、兄弟たち
が満蒙開拓団でかの地にいたのだ。

生前父に満洲の話を断片的に聞かされていたので心象風景がインプットさていた。
ここにく来るまではそんなこと思いもしなかったが、この感覚は不思議な懐かしさのようなものであった。

ぼくはこのツアーに日常の延長のような気分で、軽装サンダル履きでやってきた。
想いがめぐってくる・・・

砂漠に植林に!

120427-1.jpg

今日から中国の内モンゴル地区のホルチン砂漠へ、植林「砂漠緑化ツアー」に参加してくる。
中国か過去に2回行っているが、砂漠ははじめてだ。
広大な平地が漠然としたイメージにあるが、砂漠はまた違っているだろう。
ここは以前から緑化が行われているところというから、
実際はもっているイメージと違っているかも知れない。それもまた楽しみのひとつだ。

日本の四季折々のゆたかな山々の風景とは違っているのは確かだが、
それを確認することにもなるだろう。
なにより、日本において「森林ボランティア活動」をしており、それを外から眺めたい、
というのが今回行く動機の一つだし、活動を続けていく上での視点を築づいておきたい。

現地の人々や参加する人たちとの出会いもまた楽しみの一つである。
人類と文明、自然環境の変遷・・・肌で感じてみたい。

春の彩り

120417-1.jpg

ちょっとしたことから、喉がおかしくなり、やばいなあと思っていたら風邪だ。
おまけに喘息気味で気管支炎になってしまった。
もうほとんど回復したが10日くらいひきずり、ゲホゲホ言いながら苦悶の日々が・・・

1月に行った人間ドックで再診の紹介状をもらっていたので、これを機会?に、循環器内科を受診。
心臓の心房細動も治まらないし、咳は出るしでさんざんだった。

思いっきり血をとって検査に・・・
あとでわかったが、スギとヒノキの花粉アレルギーもあるらしい。
この季節の喉のイガイガはたぶん、と思っていたがやっぱりなあ。

ちょっとここんとこ、なにかと忙しかったし、そこにこの状態だから少々こたえた。
きっと体をいたわれ!っていうシグナルなんだろう。
サクラが済むと里山は萌黄に染まる。ヤマツツジが春の彩りを添えてくれる。
ああ、もうあったかい。春だ。

日だまりでランチ

お陽さんがポカポカしだすと、

120405-2.jpg120405-1.jpg120405-3.jpg120405-4.jpg

外に出てのランチが楽しくなってくる。

庭の小さな花たちがまだ少しつめたい風に揺れていた。

あまり手入れをしない庭だけど草木は花をつけてくれる。

ぼんやりと、

至福の時間が流れて・・・




ディナー

120403-1.jpg

京都にいる三男が昨夜遅く帰郷したので、今夜は彼が夕食を作ってくれた。

牛筋のワイン煮込みとホウレンソウサラダ。

イタリアン風といったところ・・・調理師免許をもつ美大生である。

味もなかなかのもんだ。

讃岐まんのう太鼓コンサート

讃岐まんのう太鼓・東日本復興記念コンサートがアイレックスで開催されました。

 神戸太鼓集団輪田鼓とともに讃岐まんのう太鼓が、
 石巻と女川の避難所に行った激励コンサートが縁で、今回の復興記念公演とつながった。

とある。

120401-2.jpg120401-3.jpg120401-4.jpg120401-5.jpg

女川潮騒太鼓轟会の人たちを招いての共演でした。
まんのう太鼓も以前に比べると、合いに津軽三味線が入ったり、パーカッションのコラボあり、
はたまた劇仕立てのパフォーマンスやダンスありで、見せる要素がずいぶん加わっていた。
きっとこれは和太鼓の進化なんだろう。

大西クン(讃岐まんのう太鼓保存会会長)と女川の人たちの語りは、胸にグッと来たし、
いままでにない太鼓の可能性を見せてくれてとてもよかった。

 ▲  次のページへ>>